おはようございます。労務の岩﨑です。
「実るほど頭を垂れる稲穂かな」
という言葉、みなさんも聞いたことありますか?
これは稲の成長と人としての立ち振る舞いを比喩しているものです。
若い緑色の稲はまっすぐに天に向かってすくすくと成長し、稲穂の中の実(お米)が成長してくると、そのしっかりとした実の重みで自然と稲穂の部分が垂れ下がり美しい黄金色になっていきます。その過程では、強い風雨にさらされたり、冷たい日や暑い日を乗り越えなければ、立派な稲に成長し豊かな実を付けることはできません。
この状態を人間に例えて、若い頃はまっすぐに上だけを向いて立派に成長し、色々な荒波や苦労を乗り越え、立派な人格を形成した人物は、偉くなればなるほど、頭の低い謙虚な姿勢になっていくという意味として表現しています。
一方で、実がスカスカのお米だった場合には重みがなく軽い稲穂になってしまいます。そんな稲穂は、見た目は立派な稲穂に見えますが、穂が垂れるほどの重みがなく、頭が下がってはいません。
稲のこの生態の例えるところは、見た目や肩書きは立派だが、中身が伴っていない人は、虚勢を張って威張るだけの小物であり、人格者とは程遠い人物であるという事を示してるとされています。
最近この【人格者】と言われるであろう経営者の方に触れる機会がありました。
下っ端の私にも丁寧な挨拶と優しい笑顔で話を聞いてくれたため、こんな人の下で働きたいなと思った出来事でした。