上毛労務 薗田直子です。
このところの暖かさで、桜の蕾も一気にほころんだ。
昨日訪れた埼玉南部では、川沿いの桜が満開。柔らかな陽射しのもと芝生の上で花見をしている人たちをみているだけで、穏やかな気持ちになってくる。渋滞でつらなる対向車をみると、多くの人が川沿いに顔を向けてた。
純白ともピンクでもない淡い紅に染まる桜の花びらは、まさに「桜色」としか言いようのない儚さと気品のある何とも言えない色だ。
小学校か中学校の教科書に載っていた「桜色」についての話を思い出す。
草木染て「桜色」に染めるには、桜の花びらを煮詰めても桜色は取り出すことはできない。
ゴツゴツした黒い桜の木の皮を煮詰めると、なんともまあ淡く儚い桜色に染めることができるという。
どの季節でも取り出せる訳ではなく、桜が花開く直前に剥がした木の皮でしか「桜色」は出ないそうだ。
桜が花開く直前は、木の幹も、液も、皮も桜、の木全体が懸命に「桜色」になろうとしていて、花びらの「桜色」はほんの先端だけ表にでているにすぎない。
花びらの桜色は、内面から滲み出るほんの一部ということだ。
人々の心を動かさす「何か」は、上っ面やその場しのぎで取り繕うことはできない。
逆を言えば本質的に確たるものがあれば、ほんの僅かに滲み出るものだけでも、惹きつけられるのだろう。
目に見える花びらだけではなく内から湧き出る魅力を思いながら、今年の春のひと時を味わおうと思う。